「技術の日産と営業のトヨタ宿命のライバル」

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今回のテーマは日産とトヨタの関係と申しましょうか、ライバルとして成長していった過程について記載いたしたいと思います。日産とトヨタの関係につきましては、大衆車の黎明期においても、すでに日産のサニー、トヨタのカローラという時代から始まっていたと思いますが、その後、この関係は良きライバルとして、自動車界のリーダーカンパニーの両巨頭として切磋琢磨していきました。それは、日本が高度経済成長期に入りまして、益々顕著に現れてまいりました。よく、言われる言葉に「技術の日産、営業のトヨタ」という言葉がありますが、これは両社の特徴をよく表現した言葉だと思います。日産は自動車レースにも早くから参入し、代表的に車としてR381はそれなりの成績を残し、技術の日産としての地位を高めていきました。
一方トヨタの方ですが、トヨタの車とて技術的には、日産に比べて遜色のないものであったと思いますが、特徴的なのは販売方式です。トヨタの販売方針は「工販分離」と呼ばれているものでした。具体的に申しますと、「販売多チャンネル方式」です。言葉だけでは、何のことか分からないと思いますが、皆さんは、トヨタで新車を発売したときに、違うトヨタ系の販売店からチラシが入っていたという経験はないでしょうか。トヨタは販売に力をいれまして、1980年には、販売5チャンネル、なる体制を確立いたしました。それはトヨタの営業網を5つの会社に分散したということです。5つとは、①トヨタ店、②トヨペット店、③カローラ店、④オート店、⑤ビスタ店、ということです。このようにして営業力を強め、やがてはトヨタが日本一の自動車会社となった牽引力になりました。
そのような、体制の違いとは別に、日産とトヨタの同レベルでの車種間での競争も、自動車好きの者にとっては、中々興味深いものでした。
サニーとカローラはすでに記載したとおりでありますが。その上位機種としてそれぞれ掲載しますと、日産「ブルーバード」対トヨタ「コロナ」、日産「セドリック」対トヨタ「クラウン」、日産「プレジデント」対トヨタ「センチュリー」といった具合です。
このように、見ると、大衆車から高級車までのラインアップを日産、トヨタがそろえて競争していったわけでありますが、片方の車がデザインをイメージチェンジするとそれに対抗するようにデザインを変更していく、というようなこともしばしばあったように思います。
やがて、日産はご承知の通り赤字に転落しゴーン社長の建て直しに移るまでの長い間は、日産とトヨタという日本の自動車メーカーの両巨頭がしのぎをけずりつつ新車を発表した時代は、一時代として、自動車好きの者にとっては、たまらない時代であつたと思います。それは、日本が高度経済成長の中、個人消費が進み、自家用車が普及していった頃と重なり思い出深い時代でありました。もちろん、日産とトヨタのみならず他の自動車メーカーも発展していった時代でもありました。

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