「筆者と自動車とのかかわりについて」

筆者と自動車のかかわりについてご説明したいと思います。何故、このようなことを申しあげるかと不思議に思われるかも知れませんが、筆者の父親は自動車に関する職業に就いていまして、幼少の頃より父親の影響もあり自動車には興味がありました。
具体的には、筆者の父は国鉄バス(現在のJRバス)の運転手を経て、整備の資格をもっていたので、バスの整備の仕事をしていました。私は北海道出身でありまして、札幌近郊の人口8万人の営業所にて、父は仕事をしておりました。職場から自宅が近かったこともあり、子供の頃はよく父親の仕事場にいきまして、バスに乗せてもらったりしていました。整備中のバスですから、試運転ということで、父と私と二人だけで、大型バスに乗りまして。北海道の道を走ったりしておりまして、そのような関係で自動車は幼少の頃より自分にとっては、身近なものでありました。
父は戦前に大型免許を取ったとのこと、当時、北海道では、大型の試験は年に一度しかなく、かなりの難関だったようです。今は、自動車学校で努力すれば取得できると思いますが、当時、大型免許を持っている者は貴重な存在だったようです。戦時中は軍隊の物資をトラックで輸送していたようで、アメリカの戦闘機に後を追いかけられて、生きる気がしなかったこともある、と申しておりました。
父の整備の仕事は、その営業車にある約10台のバスの保守点検を泊まり勤務でおこなっていました。小さい頃には、ただバスに乗せてもらうのが面白いという印象しかありませんでしたが、冬などは、一人で、ほとんど徹夜で、バスのチェーンをつけていましたが、小さい頃は、その仕事の大変さは自分にはわかりませんでした。いざ、自分が車の免許を取りまして、乗用車のチェーンをつけるのに四苦八苦しまして、初めて父の仕事の大変さが分かりました。父はまた、特殊車も運転できましたので、冬場は豪雪地帯なので、朝3時に出かけて、除雪車を運転していました。
父親の思い出話のようになってしまいましたが、そのような理由で、私には自動車は幼少の頃より身近なものとして受け止めていまして、小学生の頃など友達と、道路を見ながら車の名前のあてっこ、など、たわいもない遊びをしていました。別のところでご説明したいと思いますが、昭和30年代になりますか、ちょうど日本の自動車メーカーが発展しつつあり、さまざまなユニークな車が出現していった頃です。
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